めざせ日本語教師~オンライン日本語Tutorのよもやま日記~

普段は派遣の会社員、副業でオンライン(italki, プライベート)の日本語のセンセイをしています。NAFL修了しました。

〈その398〉「ありがとう」と言われる仕事ですか?

「ありがとうと言われる仕事」

ある日本語教師の学校だったかな?のキャッチコピーにこんな言葉がありました。

「退職後に、感謝される仕事を始めよう」なんて言葉も見たことがあります。

 

実際にはどうでしょうか?

きんぎょはオンラインの日本語チューターですが、ナイとは言いません。あるけど、そんな感動体験がしょっちゅうあるわけではありません。

むしろ「感謝される仕事」という期待を持って始めると、けっこう早いうちに辛くなるのではないかな?と思います。

 

なんでそんな事を書いてるか?それはそんな質問を受けたからです。そしてきんぎょにもそれに関する失敗体験が。。。

きんぎょの年齢になると「第二の人生」に焦点を当て始める人が増えます。副業を始めたい、早期退職したい、子育てが終わった、介護が一段落した、などなど。

上記に当てはまる知人から「ネットの広告で日本語教師は感謝される仕事って書いてたけど、どう?できたら人生の後半は人に喜ばれる仕事がしたい」との質問がありました。

 

オンラインの日本語レッスンを受ける生徒さんにしてみれば、おそらくですが私達日本人が一般的な英語のオンラインレッスンを受けるのとほぼ同じ感覚です。お金を払ってレッスンを受けている。それ以上でも以下でもない場合がほとんどです。

ある生徒さんは、レッスンの時間中ずっと仏頂面で、本当に怒っているように話します。きんぎょが文法説明をしていても「あ、それもう知ってます、もういいです」と止めることもしばしばです。感謝の言葉は絶対にありません。

その理由は、彼は代価を支払っていること、怒っているのはきんぎょに対してではなく、習ったはずなのに忘れている自分にムカついているからです。きんぎょ的には、継続してレッスンを受けてくれるし、お金はキッチリ、時間もキッチリなんでありがたい限りです。ちょっと緊張しますが。

国によっては、「ありがとう」と頻繁に言うのは失礼にあたるという場合もあります。

きんぎょの場合は、日本在住の生徒さんとメールのやり取りをしているので、生活の困った問題を解決できたときに「ありがとう」といわれる(書いて送ってくれる)こともあります。

italki のしごとを始めた頃「ありがとう」と言われるのがとても嬉しかったのを覚えています。ですが、途中から「あ、この生徒さんはありがとうって言わない」というように無意識のうちに「ありがとう」を数え始めてしまい、「ああ、自分はダメな先生なんだな、向いてないんだな」と勝手に落ち込んでいました。

そんなある日、自分がitalki のレッスンを生徒として受けていて、「あ、自分、ありがとうって思ってるけど言ってない」と気が付きました。そうか、きんぎょの生徒さんだってそんなもんだよね。それで一気に楽になりました。

生徒さんからの「ありがとう」は、クリームソーダの上のさくらんぼみたいなもので、

しょっちゅうはないけど、たまにあってすごく嬉しいもの、みたいな立ち位置です、きんぎょにとっては。